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高校:放送部「県女2期生 平和への思い」と『動員日誌』

2023.07.26
広島の「原爆の日」を前に、海田高校の前身である広島県立海田高等女学校(県女)の2期生・菅田美子さんに“県女時代の思い出”とともに、“原爆投下の日の記憶”と“平和への思い”を語っていただき、高校の放送部が取材しました。菅田さんには今年の3月4日にも取材に協力していただいております。

1945年8月6日。東洋工業(現:MAZDA)での作業(学徒動員)に向かうため瀬野駅のホームで汽車待ちながら、見上げた空にはゆっくりと飛ぶB29の機影があったそう。工場内で原爆投下の大爆風に遭遇。正午頃からは東洋工業にも熱線を浴びた人々が助けを求めて来て、その中には親しくしていた他校の動員仲間もいた。時折声を詰まらせながら彼女の様子と当日の惨状を語られた。その後も様々な質問に答えられ、高校生たちは真剣な表情で聞き入っていました。
Q.「お勧めの映画は何ですか?」

A. チャップリンの「独裁者」。

Q.「これからの海田高校生や若者に希望することは?」

A.世界では今も戦争や内戦が続いています。戦争は愚かな行為です。広島の経験を世界へ伝え「反戦」を広島から発信して欲しい。若い人も政治を他人任せにするのでは無く、ひとりひとりが自分のこととして捉え「戦争の無い世界」の実現に向けて取り組んで欲しい。18歳からの「選挙権」を行使して欲しい。

放送部/ 撮影・記録・インタビュー  
会 場/ 同窓会会館 大会議室
『動員日誌』 山田敏雄 著
山田敏雄先生は本校前身の広島県立海田高等女学校で1943(昭和18)年4月~1947(昭和22)年3月に教鞭を執られました。担当教科は図工。学徒動員期間には生徒の引率を担当され、当時の記録を後年ご自身で冊子『動員日誌』にまとめられました。優しい口調で丁寧に綴られた日誌からは山田先生のお人柄が偲ばれます。日誌期間:昭和19年11月13日~昭和20年8月14日。昭和51年12月1日上梓。

「自序」より抜粋

……空襲下、死なば生徒と共にといった真剣な教員生活は、その後にない。……日誌を浄書しながら私の脳裏には一人一人の女生徒の面影が甦ってくる。

学徒動員令が公布されるまでにも、勤労奉仕作業として農家の稲刈作業や運輸部での作業をしたが、昭和19年10月13日より県女の3年生(県女1期)約100名、それに加えて昭和20年3月1日より県女の2年生(県女2期)105名も東洋工業へ出勤したのである。

私達教員も1ヵ月交替で学徒動員の指導に当たった。動員中、生徒は毎日日誌を書いた、私もまた生徒と一緒に日誌を書いた、したがって私の動員日誌は隔月のものになっている。……

【集合写真】引率の山田敏雄先生と菅田さん(最前列右から2番目)